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ベトナムコーヒーの歴史|植民地時代から世界2位、そしてスペシャルティへ

ベトナムと聞いて、真っ先に「コーヒー大国」というイメージを持つ人は、まだそれほど多くないかもしれません。しかし、実はベトナムは年間約188万トンものコーヒーを生産し、生産量でブラジルに次ぐ世界第2位のコーヒー生産国です。

ここまでの地位にたどり着くまでには、フランス植民地時代から現代のスペシャルティコーヒー文化まで、約150年以上にわたる長い歴史と、いくつもの転機がありました。

ベトナムにおけるコーヒー産業の19世紀後半から2010年代以降までの6段階の歴史遷移を示すインフォグラフィック
ベトナムコーヒー150年の歩み(19世紀後半〜現代)

フランス植民地時代に始まったコーヒー栽培

ベトナムにコーヒーが持ち込まれたのは、19世紀半ばから後半にかけてのフランス植民地時代だと言われています。1860年代以降、フランス人宣教師や開拓民が北部や中部高原にアラビカ種の苗木を持ち込み、教会や修道院の周りで小規模な栽培が始まりました。その後、1880年代にフランス領インドシナとしての統治体制が固まると、コーヒーはゴムや茶と並ぶ「プランテーション作物」として位置づけられ、大規模生産が進められていきます。

フランスが目をつけたのが、現在も主要産地となっている中部高原(タイグエン地方)です。とくにダクラク省やラムドン省などの高地は標高・気温・土壌条件がコーヒー栽培に適しており、この時期に植えられたコーヒーは、のちにベトナムの「コーヒーベルト」と呼ばれる地域の基盤になりました。

ロブスタ中心の量産体制へ

植民地期の初期にはアラビカ種が中心でしたが、病害や気候の影響もあり、次第に収量が多く丈夫なロブスタ種へと切り替わっていきます。中部高原の平坦な土地でロブスタの大規模プランテーションが拡大したことで、ベトナムのコーヒー生産量は一気に伸びていきました。現在も、ベトナムで生産されるコーヒー豆の9割以上はロブスタ種とされ、世界のロブスタ供給量の約4割をベトナムが担っていると言われています。

第二次世界大戦後、インドシナ戦争やベトナム戦争が続くなかで、生産は一時停滞しますが、統一後のドイモイ(刷新)政策をきっかけに再びコーヒー産業は急成長します。1980年代後半から1990年代にかけて、政府は中部高原への入植とコーヒー栽培を奨励し、わずか20年ほどでベトナムは世界第2位のコーヒー生産国へと躍り出ました。

この急成長の背景には、「大量生産・低価格・ロブスタ主体」という明確な方向性があり、多くの豆がインスタントコーヒーやブレンド用の原料として世界中へ輸出されていきます。

路上カフェとコンデンスミルクの文化

生産量の拡大と並行して、「飲み方」としてのベトナムコーヒー文化も広がっていきました。フランス式のカフェ文化と、暑い気候・砂糖やコンデンスミルク(練乳)を好む食文化が混ざり合い、ステンレス製フィルター「フィン」で抽出した濃いロブスタコーヒーにたっぷりの練乳を合わせるスタイルが定着していきます。

ハノイやホーチミンの街角には、小さなプラスチックの椅子と低いテーブルが並ぶ路上カフェがあふれ、濃厚で甘いベトナムコーヒーは、仕事前の一杯から夕方の談笑まで、暮らしのすぐそばにある存在になりました。いまもベトナムを訪れると、そうしたローカルスタイルのカフェと、エアコン完備のおしゃれなカフェチェーンが混在する、独特のコーヒー風景を見ることができます。

世界第2位から「質」の時代へ

しかし、量の面で世界第2位に上り詰めた一方で、ベトナムコーヒーは長いあいだ「ロブスタ主体の大量供給国」というイメージに縛られてきました。国際市場ではブラジルや中南米産のアラビカに比べて取引価格も低く、生産者の収入や環境負荷、品質管理体制など、さまざまな課題が指摘されてきました。

こうしたなかで、2000年代以降、ベトナムでも「量から質へ」の動きが少しずつ加速していきます。中部高原の高標高地ではアラビカ種の栽培が増え、従来はコモディティとみなされていたロブスタの中にも、スペシャルティ基準に迫る「ファインロブスタ」と呼ばれるロットが登場し始めました。

私たちが足を運んでいるラムドン省の農園でも、標高や土壌条件を活かしたアラビカ栽培や、ロブスタの品質向上への挑戦が少しずつ広がっており、ベトナム全体の「質へのシフト」を現場レベルで強く感じています。

同時に、サステナビリティ認証やトレーサビリティ、カーボンニュートラルを意識した農園づくりなど、環境と生産者の生活を両立させる試みも増えています。

若い世代とスペシャルティコーヒー

黒のドリップポットを使ってエアロプレスで丁寧にコーヒーを抽出する若い女性バリスタ
スペシャルティコーヒーを淹れる若手バリスタ ── ベトナム都市部で広がる新しい文化

都市部では、若い世代を中心にコーヒーチェーンやスペシャルティコーヒーショップが急増しています。ある調査では、ベトナム国内のコーヒーチェーン店舗数は2019年の約800店から2023年には1600店以上へと倍増したとされ、サードウェーブ的なカフェ文化が一気に広がっていることがわかります。フィンで淹れる伝統的なカフェスアダー(練乳入りアイスコーヒー)と、シングルオリジン・浅煎り・ハンドドリップといった新しいスタイルが共存しているのが、今のベトナムらしさと言えるかもしれません。

こうした国内の変化は、やがて輸出の方向性にも影響を与えていきます。これまでインスタントやブレンド用が中心だったベトナムコーヒーですが、今後は「産地や農園が見えるロット」「ロブスタならではの個性を活かしたファインロブスタ」など、ストーリーと品質を両立したコーヒーが世界のマーケットで存在感を増していくと考えられます。